大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(う)2613号 判決

控訴人 被告人

被告人 沼田光夫

弁護人 高崎一夫

検察官 飯島宏

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人高崎一夫ならびに被告人本人提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は東京高等検察庁検察官検事飯島宏作成名義の答弁書に記載されたとおりであるからここにこれらを引用する。

弁護人の控訴趣意について、

所論は原判決の事実誤認を主張するものであり、その理由とするところは、要するに、(イ)被告人には共同加害の目的がなかつた。即ち被告人は、機動隊が規制のため静岡駅で待機していることを全く予見せず、加害対象の認識を欠いていたものであり、また原判決の認定では、共同加害の場所が極めて抽象的、観念的であり具体的に認定されていないので、共同加害の構成要件が充足されていない。(ロ)本件角材は「紙に包んで縄をかけてあつた」という束ねられている状況からすれば、用法上の兇器と評価することはできない。以上(イ)、(ロ)を総合すれば被告人は無罪であるのに、被告人の所為に兇器準備集合罪の成立を認めた原判決は事実を誤認したもので破棄を免れないというにある。

よつて記録および原審において取調べた証拠を精査検討してみると、つぎの各事実が認められる。

1、昭和四四年六月九日から三日間アジア太平洋協議会(いわゆるアスパツク)第四回閣僚会議が、静岡県伊東市内の川奈ホテルで開催されるに際し、被告人および原審相被告人らは、同会議が反共軍事同盟を目的とするものと評価し、いわゆる学生解放戦線(通称FL派)の学生集団に加わつて同会議の開催を阻止しようと決意し、同月七日夕刻東京駿河台の明治大学前からバス二台に乗つて静岡市に向い、同市内の静岡大学構内に集結した。

2、同夜同大学校舎内でアスパツク粉砕総決起集会が開かれ、この集会に約七、八〇名が参加した。

3、翌八日朝八時前頃から、集会が開かれ、総指揮者から「先す静岡駅に行き、そこから急行で熱海に向うが、熱海まで行く途中、角材を用意する。熱海までの途中、急行停車駅の手前の駅にレポが出してある。そのレポが赤い旗を振つたら、次の急行停車駅に機動隊がいるということである。そのときはリーダーが列車を停めるから、各班長は車両の非常栓のコツクのところにいて、列車が停つたら非常栓のコツクをあけてドアーをあける。そしたら全員線路上に飛びおり、駈け足で熱海に向う。機動隊と遭遇したら、機動隊と闘い、線路上で闘えば投石用の石は充分あり、主要幹線である東海道線をストツプさせて騒乱状態を作り出す。そして闘いながら熱海に向う。みんな断固闘つてほしい」旨の演説が行われた。

4、被告人および原審相被告人らは、国鉄静岡駅北口に到つた右学生集団約七〇名と共に同日午前一一時頃熱海までの乗車券を買い同駅北口改札口を通り、上りホームに赴き同ホーム上で指揮者の指示に従い、殆んど全員ヘルメツトをかぶり、手拭で覆面し、軍手をはめていわゆるゲバスタイルで、三列位の隊列を組んで「アスパツク粉砕」の掛声を繰り返し、デモをしながら跨線橋を渡つて同駅下りホームに移動した。

5、次いで同ホームに到着していた下り三二七M電車に乗り込み同日午前一一時三六分頃用宗駅二番線ホーム(中ホーム)に到着し、全員下車し、隊列を組んで「ワツシヨイ、ワツシヨイ」と掛声をかけながら駈足で跨線橋を渡つて同駅一番ホームに到り、出札口を出ることなく、同ホームにいた。

6、そこに、予め同駅東側通用門前附近で待機していた自動車の後部トランクから、原判示角材約八〇本が、指揮者の指示により右集団の原審相被告人桜井広実ら学生数名によつて取り出された。その角材は三束になつており、それぞれ茶色のクラフト紙のようなものに包み縄をかけてあつたが、右学生数名はこれを学生集団のいるホームに持ち運んだ。

7、この三束の角材をもつて、右学生集団は全員線路を横切つて中ホームに移り、指揮者の指示により同ホーム上に坐つたが、そのとき、角材一束は集団の先頭の方におき、中間に一束、後の方に一束というように置かれた。

8、それから一人が買つて来た静岡駅から一〇〇キロ以内の急行券が班長を通じて全員に配布され、同ホーム上で上り電車を待つ間に、総指揮者から、同日朝静岡大学構内の集会でなされたのと同旨の演説が行なわれたうえ、アスパツク開催を阻止すべく静岡駅で急行電車に乗り換えて伊東市に向うため、全員同日午後零時一三分頃上り三島行四三〇M普通電車に乗車したが、その際右三束の角材は同電車に搬入された。

9、同電車が静岡駅に到着するまでの間に、同車内において、右角材の包みが開かれ、学生から次の学生にリレーで角材が手渡されたのであるが、原審相被告人平田勝生および同後藤国雄も、右学生集団が目的地に向う途中、機動隊の規制を受けることがあるであろうことを予想し、その規制を排除するため、機動隊員の身体に対し共同して害を加える目的をもつて、それぞれ右角材一本づつを所持した。

10、静岡駅で右学生集団がゲバスタイルで、右普通電車を下車し、急行電車に乗り換えるため跨線橋を昇りかけたのであるが、そこには、右学生集団の動向について鉄道公安官等から無線で逐一情報を受けて警戒中の機動隊が待機しており、機動隊は兇器準備集合罪の現行犯と認めて、直ちに学生の逮捕に着手した。その際学生らの中には機動隊員に対して投石して抵抗するものが一四、五名はいた。

11、被告人も機動隊員の逮捕を免れるため静岡駅ホームから逃走したが間もなく機動隊員に逮捕されたのであるが、その際ヘルメツトを着用し、タオルで覆面し、手に角材を所持しており、これを野球のバツトのように構えて抵抗を示した。

以上の事実関係からすると、被告人および原審相被告人らは、目的地に向う途中、機動隊の規制に遭遇するであろうことを予想し、その場合には角材等をもつてこれと闘い機動隊員に対し共同して加害を実行する目的があつたこと明らかであり、また原判示角材は長さ約一米ないし一米五〇糎、太さ約四糎角であるから、用法によつては人の生命、身体または財産に害を加えるに足りる器物であり、かつ二人以上の者が他人の生命、身体または財産に害を加える目的をもつてこれを準備して集合すれば社会通念上人をして危険感を抱かせるに足りるものであるから刑法二〇八条の二にいう兇器に該当するものと解すべきであり(昭和四五年一二月三日最高裁第一小法廷決定参照)しかも本件角材は所論のごとく紙に包んで縄をかけて束ねられていたままではなく、右学生集団がアスパツク開催を阻止するため、予め角材を用意しておいた用宗駅で上り普通電車に乗り込み、右角材も車内に搬入したうえ、目的地である伊東市に向い、同駅から静岡駅に電車がつくまでの間に、車内で角材の束がとかれてリレー式に学生らの手に渡され、少くとも原審相被告人平田勝生および同後藤国雄の両名において共同加害の目的をもつてそれぞれ角材を兇器として準備したこと並びに被告人沼田は逮捕時において角材を所持していたが、そのことから直ちに右電車内において所持していたものと断定することはできないが、前記のごとく兇器の準備があることを知りながら集合したものには該当すること明らかである。

従つて本件兇器準備集合罪成立の時および場所は、被告人および原審相被告人らを含む学生集団が、目的地である伊東市に向い用宗駅で上り普通電車に乗車し、縄で束ねられた角材を同車内に搬入して出発し同電車が静岡駅に到着するまでの間に、角材を束ねた縄が解かれて必要に応じていつでもこれを加害行為に使用し得る状態においた時点であり右学生集団が同駅で急行電車に乗り換えるため右普通電車を下車しホームを通り跨線橋を昇りかける時点においてもなお兇器準備集合の状態は継続しているもの(同上最高裁第一小法廷決定参照)と認むべきであり、また共同加害の場合は、目的地である伊東市の川奈ホテルに至る途中のいずれかの地であれば足り、これをもつてその特定を欠き抽象的、観念的であるということはできないものというべく、それが右学生集団の予想していた熱海駅の手前であると全く予想していなかつた静岡駅であることにより共同加害の対象が異なつてくる筋合のものではなく、同じく右学生集団のアスパツク開催阻止の行動を規制する機動隊に対し共同加害をなす意思をもつていたものであるから、被告人には加害対象の認識を欠いていたという所論は採るを得ない、これと同旨に出でた原判決には何ら事実誤認の違法は存しない。所論は理由がない。

被告人の控訴趣意について、

所論第一点は、要するに、アスパツクは反共軍事同盟を目的とするものであり、憲法の精神に反する反人民的、犯罪的なものであるから、その開催を阻止しようとした被告人らの所為は、正当なものであつた、この正当性について原判決が判断を回避したのは憲法一二条の精神に反するものであるというにある。

しかしアスパツクのような国際会議の性格ないし、その果たす政治的使命についての法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査にはなじまない性質のものであるから裁判所の司法審査の範囲外にあると解するのが相当である。従つて原判決がアスパツクの反人民性、犯罪性の有無、ひいて被告人らの所為の正当性について判断を示さなかつたのはむしろ当然であるというべく、所論違憲の主張はその前提において失当である。所論は採るを得ない。

所論第二点および第三点は、要するに、被告人らの所為は刑法二〇八条の二の構成要件に該当しないのにこれを有罪とした原判決は事実を誤認したものであると前提して、被告人らの逮捕は予防検束であり、現行犯逮捕に関する憲法三三条に違反するものであり、官憲の警備は過剰警備であり大衆運動の圧殺であるというにある。

しかし原判決には事実誤認の違法は存しないこと、並びに本件兇器準備集合罪の成立の時期、場所およびそれが継続犯であることについてはすでに弁護人の控訴趣意についての判断において判示したところであるから、所論はいずれも前提において失当であり、採るを得ない。(なお当審における事実取調の結果によれば、被告人は昭和四七年八月三一日東京地方裁判所において業務上過失致死罪(犯行の日は同年四月一九日)により禁錮七月に処せられ、同判決は同年九月一五日確定し、すでにその刑の執行を受け終つているのであるが、本件兇器準備集合罪についての執行猶予付きの原判決は同年八月一一日云い渡されたものであり、これに対する本件控訴は被告人の申立にかかるものであつて、検察官の控訴申立はないのであるから、刑訴法四〇二条の規定との関係上、右実刑の確定判決があるからといつて原判決を破棄することはできないものと解する)

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書によりその全部を被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田原義衛 判事 吉澤潤三 判事 中村憲一郎)

弁護人高崎一夫の控訴趣意

原判決には重大な事実誤認があるので破棄を免れない。以下その理由を述べる。

一、共同加害の目的の不存在

被告人には、共同実行の形で加害行為を実行する目的がなかつた。即ち被告人には加害対象の認識を欠如していたのである。例えば、静岡駅を下りて跨線橋階段付近で機動隊に追われてほとんど抵抗することなく逮捕されていることからも明らかなように、機動隊の待期していることを全く、予見していなかつたのである。

ところで、判決は犯罪成立時に関しては、用宗駅で四三〇M電車に乗車した段階で成立しているとし、加害目的に関しては目的地に向う途中、警戒中の警官によつてその行動を規制された場合にその規制を排除するため警官の体に対して共同して害を加える目的を有していたもの、と認定しているのである。

しかしながらこれでは共同加害の場所が極めて抽象的であり観念的であり、「共同加害」の構成要件を充足できない。本件においては、兇器準備の場所と集合の場所および共同加害の場所をそれぞれ特定すべきであり、そのうちとくに共同加害の場所に赴く態度が明確になることが本件兇器準備集合罪成立の要件であると考える。

してみれば、共同加害の場所を具体的に認定することが必須の要件となるのである。この点、原判決は集合場所におけるゲバスタイルやアジ演説などを客観的状況として認定し、共同加害の場所については前記のとおりり、全く抽象的、無限定である以上、共同加害の意思も抽象的、観念的意思の域を脱していないのである。

二、角材の兇器性の有無

角材は言うまでもなく用法上の兇器である。用法上の兇器については判例においても、社会通念上人をして危険感を抱かせるに足りるものと把握しているように、当時の具体的状況において客観的に判断して社会通念上、人が危険感を感じるか否かを判断されなければならないものと考える。

角材のおかれ方いかんも問題である「紙に包んで縄をかけてあつた」(証人飯塚式太郎の証言)ということであれば、もはや危険を感じることもないのではなかろうか。

被告人が乗車した四三〇Mの電車内においては角材をもつて騒いだことがないということは、用宗駅助役野仲証人、当時の静岡駅長飯塚証人も証言している通りである。加害対象も明確になつてない状況で、しかも角材が束ねられている状況では角材が用法上の兇器と評価しえないものと考える。

以上述べた一、二、は総合的、有機的に考えるべきであり、しかるときは本件においては、被告人は刑法第二〇八条の二後段に該当しないから無罪である。

しかるに右に述べた被告人の所為に兇器準備集合罪(刑法二〇八条の二後段)を言渡した原判決は事実の誤認であつて破棄を免れない。

被告人沼田光夫の控訴趣意

一、静岡地方裁判所の第一審判決は、私達がその判断を要求していた第四回川奈でのASPAC(アジア太平洋閣僚会議)の犯罪性とそれにたいする私達の正当な反対闘争についての点について、全く意図的に判断を回避しており、憲法第一二条の精神に反するものである。

(その余の控訴趣意は省略する)

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